みんなは幸せか?
本当になりたっかたものになれたか?
そんな問いを投げかけてくれる映画じゃった。
今回は、超ロングストーリー映画の「Happy Hour」を見てきた感想を述べたいと思うぞ。
はじめに所感
まずはじめに、とても良かった。人間の醜さも、美しさも、未熟さも、全てありのまま描いた作品じゃった。
濱口作品を初めて見たが、聞くところによると、彼の作品はどれも人間らしさを繊細に描いているようじゃ。見ていて恥ずかしくなるような、目を背けたくなるような部分にしっかりスポットを当てておる。スポットは当てているが、綺麗に解決することはなく、向き合っているようで向き合っていない。一貫しているようで、一貫していない。そんな人間の不安定さをうまく表現している作品だと思う。
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5時間超
317分。これは、この作品の上映時間じゃ。一見何かの間違いかと思うほど長い。時間にして約5時間17分の間、何が繰り広げられるかというと、それは4人の女性がそれぞれの人生を精一杯生きていくということに他ならない。
5時間を超えるなんて、よっぽど内容が濃いのだろう、と思うじゃろ?その通り。内容濃いです。おもたーいです。
だが、2時間に収まる映画作品の内容の濃さとは、やはり質が違うように感じた。どのように異なるかと言うと、彼女らの人生を追体験しているような気持ちになるところじゃ。それを実現しているのが、余分さじゃ。
5時間越えという作品の強みを活かした、大胆なカット配分になっているため、作品の本筋にとっては余分なカットが多分に入っておる。本筋は、前述した通り4人の女性の人生なのじゃが、そこに深く影響を与えない部分、正確に言うと、そのシーンを見なくても物語として全く問題がない部分が多い。濱口作品を初めて見た余は、こんなところに時間を割いていて大丈夫なのか?と少し不安になったが、中盤くらいには慣れ、むしろおもしろさを感じていた。スピンオフ的な扱いとして、ここも見ておこうという、ちょっとした息抜きにもなった。今思うと、緊張と緩和を意図的に作っていたのかもしれない。
作品序盤の「重心」をテーマにしたワークショップや、旅行先で出会った滝野さんのお父さんが変な人エピソードなど、あそこまで悠長に余分なカットを切らずに流すことができる、というかしていいんだなと思った。上映時間が短い、または、やりたいことを詰め込みすぎた映画の場合、ストーリーに焦りが伝わってくる。「ここ話飛び過ぎじゃない?」「ちょっと無理あるなあ。」などの感想を持つこともあるが、5時間超の時間をじっくり使って、堂々と無駄を作り出しているのが、余にとっては発見じゃった。
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大人は思ってるより子供
桜子とその息子の会話中に出てきた桜子のセリフ「大人は思ってるより子供だよ」が、この作品をよく表していると思った。これを中学生の息子に向けて言い、「だから親を頼ればいいと思わないで」と続くのだが、これらの発言はかなり刺さった。
中心となる4人はそれぞれの思いと考え方があり、だからこそ各々の考え方でしか相手の気持ちになれない。相手の気持ちを想像することはできず、あくまで相手の立場になった時の自分の気持ちを想像することしかできないのじゃ。要は、主観的に物事を判断するしかない。これを第三者から見ると、子供っぽいように見える。でも子供も大人も根っこは変わらず、結局は自分の物差しでしか目の前のことを測れない。
自分の正義や軸は、環境が変わるとすぐに通用しなくなる。揺らぐ心は自分を見失わせる。見失った部分を何かで埋めるように、新しい価値観を初めて手に取ってみる。その繰り返しで、多様な考え方に触れていく。
子供と大人はその繰り返し回数が多いか少ないかの違いだけなように思う。大人だって、わからない価値観や考え方に出会うと、不安や恐怖を覚え、それを突き放すような言動や行動を取る。純に至っては自らが逃走する形で、その環境から身をひく。
余も学生の頃、「親って結構間違った事実を話していたんだな」とか、「大人なのに我慢ができず感情を表にするのか」と思っていた。それもあって、自分自身の経験とも照らし合わせて、大人も案外子供だという主張に、頷いてしまった。
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第三者の意見に対する拒絶
「それはあなたには関係ない。」「これはあなたが首を突っ込んでいい話じゃない。」「あなたは何も知らないでしょう?」
そうやって第三者からの意見を拒絶するシーンがたくさんあった。夫婦間の問題に口を挟む人々に対して、当事者はそうやって拒絶する。もちろん、当事者ほどそのことに関して考えていないし、事態を理解できているわけではない。分かったような口を聞かれると怒りを覚えてしまう、特に自分が悩み、どうしたらいいかわからなく不安な時は、第三者からの意見で揺れやすい。文字通り不安定だからじゃ。
人間は考えたくないのかもしれない。
他人の意見で振り回されたくない。特に不安定だと判断力が低下しているため、簡単に振り回される。その判断力低下している状態のまま全ての情報を処理し、適切な答えを導くことは困難じゃ。そのため、その発言をしている人との関係性や立ち位置でフィルタリングをするしかない。話を聞く前にある程度フィルタリングすることで、内容に振り回されることはない。そして、自分の理解できる範疇の材料だけで判断しようとする。そうじゃないと、自分の今までの経験や考え方が否定された気持ちになるから。理解できないことは怖いから。そのフィルタリングが、拒絶である。
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人間関係のグラデーション
親友4人の中でも関係性の深さにグラデーションがある。全員が平等に仲がいいわけではない。もちろんみんなでいるときは平等に思いやるが、ふとした時に連絡を取れる相手は、一番付き合いが長い人であったりする。全員平等は無理じゃ。
そこに歪さを感じると、憤りを覚える者もいる。特にあかりは、正義感がとても強く仲間思いなため、親友の大事なことについて隠されていたり、嘘をつかれることに対して、すごく怒る。だが、全てに対して、フラットで誠実でいることは難しいし、あかり自身もその価値観が揺らぎつつあるシーンがあった。
例えば、あかりははっきりしていてシンプルなことを好む。しかし、今は恋愛する気分ではないとはっきり告げられた男や、医者は無理とはっきり告げられた男と、一夜を共にしてしまう。自分の意思や軸に不安定さを感じ、今までの価値観に疑問を持ち始める。その後、あかりが吹っ切れて鵜飼(うがい)と夜の街に消えていく。
あかりの価値観からすると、一度発言した内容に食い違うことがあるのは許せないはずだが、それをあっさり破ってしまうことは、あかりを悩ませる種としては十分だったようだ。しかし、自分の価値観というのは、こうありたいという、ある種のスローガンのようなもので、絶対のルールとは全く違う。今この瞬間に感じていることを尊重することも大切だと気づき、これまでしてきたちょっとした罪悪感や不安感を抱えた自分を肯定した瞬間なように思う。
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関係性の深さから生じる思い込み
人間関係が深ければ深いほど、お互いのことを隅から隅まで知りたいと思うようになる。知らないことがあるとき、それを隠されていたと感じ、衝突する。それから仲直りを経て、より強固な信頼関係を築く。そうしている間に、自分は親友のことをなんでも理解していると勘違いするようになる。ついには、その場にいない親友の気持ちを代弁し始めたり、親友を庇うあまりに他者を非難したりする。
このことを指摘したのは、小説家のこずえじゃ。彼女は、目にした情報をそのまま描写し、それを小説にすることに長けている。そんな彼女が、純の夫である公平と純の親友である桜子、芙美が口論しているところを割って入り、意見する。「公平さんは自分のために自分の言葉で話してます。違和感はありません。でも桜子さんと芙美さんは純さんの気持ちを都合よく捉えて代弁しているように見えます。本当に純さんのことを思って言ってますか?」
それほどの友情や思い入れがないからこそ、周りの人間はフラットな見解を述べることができる。第三者として、客観的な事実とその人の意見や見え方を淡々と述べることができる。しかしそれを、より強固な友情を持ち、濃い時間を過ごしてきた親友達は決して認めない。この温度差をずっと感じた。
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おわりに
人間関係って大変だなと思わせる作品であったように思う。議論の輪の中に自分も参加しているかのようなカメラワークにより、より一層自分ごとのように考えさせられる。
・芙美の夫「本当のこと何てどうでもいい。そんなの考え始めたらキリがない。その時に思ったことが本当でいいんじゃないか。」
・純の夫「彼女は自分が追いかけるほど逃げる。これから話をたくさんしたい、なんてもう遅い。彼女は自分のことを愛していない。そんなこと全てわかっている。それでも自分には彼女が必要なんだ。自分はそうすることでしか幸せになることができない。」
・あかり「嘘の上で成り立っている友達って何?そんな関係全部嘘だ。何も信じられなくなる。」
・芙美「全部言わなくてもいいと思ってる。自分が全て言っても、全てあなた達に受け入れてもらえるとは思っていない。」
上記は、作品中に登場人物の価値観を表したセリフじゃ。人の数だけ考え方がある中で、自分の大切にしているものを守りながら生きていくのがこんなにも大変で、こんなにも美しいことに気づかせてくれる作品じゃった。
また、他人の考えを理解することは非常に難しく、言語化することができないことが多い。どこかである種の諦めも肝心なような気がした。
人間には絶対的な軸や価値観は存在せず、何をどのように決定しても間違いはない。自分のしたいことをするのか。他者に依存するのか。自分の気持ちを押し殺すのか。嘘をつくのか。揺れ動きながら、環境に影響されながら、生きていくしかない途方もなさにため息が漏れる。
そんな、ただひたすらに人間関係の複雑さと不安定さを感じれるこの作品、非常におすすめじゃ。
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